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45歳で看護学校に入学、その生活を本に書いてベストセラーを狙い印税生活を夢見ている   ナースの日記です。
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 長男の卒業
 
 「特別用事が無いんだけど…電話してみた」
と、早朝5時きっかりに、長男から国際電話が入った。
 カナダに留学して1カ月半になる長男の声は心なしか、まろやかに優しい。母親の私には恋人からの電話のように嬉しい。そろそろ、ホームシックにでもなったのかな、とニヤニヤしてしまう。彼のここまでの道のりのハラハラドキドキを考えると親として感慨深いものがあるからだ。
 
 嫌な予感は最初からあった。
 
 小学校2年生の3学期、2月の事である。玄関で靴を履いていた長男が突然嘔吐した。
「もう、いいよ。もう、学校休もうね」
という言葉で私は「リングの中で戦う息子にタオルを投げた」のである。
 「1年生の担任の割には神経質っぽい感じの先生だな」
 これは小学校の入学式で長男の担任の先生を紹介された時の私の印象である。歳は30代後半で男の先生。背は低く、痩せている。
 担任のY先生は、何もかも細かい性格だ。廊下の歩き方から始まり、文字の書き方まで、きちんと一直線でないと気が済まないようだ。文字の書き間違いで宿題やテストを消そうものなら、跡が残らないように綺麗に消さないと大変なのだ。たとえ漢字が正しくても「減点」となる。行動、勉強、全て「減点」方式なものだから、おおざっぱな息子はすぐ持ち点が無くなってしまうのだ。
 体育の授業がまたふるっている。
 授業でダンスをしているのだが
「リズムに乗って」「軽やかに」
を重視し、「リズミカルに」「軽やかに」ダンスを踊れない子は
「勉強したって伸びるわけが無い」
と言いきる。
 身体が大きく病気がちで、運動おんちの息子には酷としか言いようのない授業であった。
 鉄棒の逆上がり。身体の大きな割に上腕に筋力のない息子は、何度努力しても出来ない。業を煮やした先生は、ついに奥の手を使った。ジャングルジムで逆上がりをさせるのである。背の高い息子は当然、頭をぶつけたり顔をぶつけたり、ということになる。練習のあった日、息子は唇を血だらけにして帰って来た。目は涙で潤んでいた。
 
 そんなにも先生は息子が嫌いなのだろうか。私の胸も痛くなる。
 
 Y先生が息子を嫌う理由はたぶん、こういう事だと思う。
 身体が他の子に比べて頭ひとつ大きい。お喋りで理屈っぽい。なのに、運動神経は鈍い。だから、良きにつけ悪しきにつけすごくめだ目立ってしまう。
 先生にとっては扱いにくい子だったと思う。おまけに、
「何故? どうして?」
 などと何度も問う息子に、母は
「えらいねー、質問して。考えるということは大切な事だよね」
 なんて誉めまくるものだから、息子にとって自宅では誉めてもらえる行動を、学校では否定される。そのギャップにも戸惑っていたのかもしれない。
 登校拒否を決めた母と息子は、対照的であった。
 決心は出来たものの、近所の手前だの見栄だのと、くだらないものを完全には払拭できない母は、自分自身と戦い、日に幾度となく嘔吐する。
「子育ての何所がまちがっていたのか」
 と、自問自答の日々であった。
 息子は違った。実に生き生きとハツラツとしている。近所の人が何所で知ったのか
「登校拒否なんだってね」
なんて声を掛けると
「違うよ。先生拒否さ」
なんて口をとがらせている。
 嘔吐し続けて、その吐物に血液の混じりだしたころ、母も心が落ち着いてきた。
 「なにも、学校なんか行かなくったって生きていける。彼には彼の生き方がある。人と同じでなくてもいい。それを息子と、夫と私とで探していこう」
 結果として、小学校5年生の時インターナショナルスクールに転校した。
「自由で伸び伸び、素直で伸び伸び」をモットーに育てた息子は日本の教育には会わないのではないかと考えたからである。
  転校して1年間は「インテンシヴコース」に入った。英語が母国語でない子たちのクラスである。クラスでの息子は持ち前のお喋りを発揮して、メチャクチャ英語、ジャスチャーの嵐でコミュニケーションを取ろうとするものだから
「積極的で、とても良い子です」
 なんて評価される。
 「水を得た魚」とはこういうことなのだと思う。それほど、息子はニコニコ楽しくてたまらないという感じであった。母子でニ人三脚、英語の勉強をした1年だった。 ありのまま、そのままで自分を受け入れてもらえるというのは子どもの才能を伸ばすものなのだと改めて、感じた1年であった。
 翌年は正規のコース、6年生に編入した。そこでのクラスメートに、あの歌姫、宇多田ヒカルちゃんがいた。当時はまだ無名で、藤圭子さんの娘さんだったなんて事も知らなかった。ましてや、今のようにビッグになるなんて夢にも思わなかった。わかっていたら自宅にお呼びして、サインのひとつ、写真のひとつも取っておくんだったと悔やまれて仕方ない。
 息子がハイスクール進学時、私は第3子、今の次女を出産し入院中であった。学校帰り、彼は毎日のように病院にやってくる。
「学校どうしよう。××はイギリス留学だって。○○はアメリカ行くんだって」
 と家計に余裕のないことを知っている息子は気がきではないようだ。結局、夫とも話し合って横浜のインターナショナルスクールの高等部に決めた。
 ハイスクールは彼にとってどんなであっただろうか。
 後で知ったことであるが,アメリカ英語からイギリス英語へと環境が変わったこと。そのことで戸惑っていたなんてことも私は全然知らなかった。ハイスクールになって初めての面談で英語の先生、ミスジェーンに
「ケンゴ(息子の名前)は、お友達の輪の中に入っていけないようです。授業中にも口数が少ないのでなにか悩みがあるのかもしれません」
 と言われて驚いてしまった。
「少し、黙ってて!」 
と言ったって静かにできない息子が喋らないなんて。いつも明るく友達が多い、ワイワイガヤガヤ好きの息子が、と心配になった。
 息子に聞いてみると、
「今までアメリカ英語に慣れていたからイギリス訛りはとても聞きづらいんだ」
 ということであった。だが、そのハンデイも半年ほででカヴアー出来ている。息子なりに頑張ったのだろう。ちなみに、とても分かりやすい英語を話すミスジェーンは唯一のアメリカ人の先生という事であった。
 金銭面では非常に,きついものがあった。このまま、インターナショナルスクールを経て、海外留学への道を選ぶなら、家1軒分に匹敵するほどの学費が、必要であるから。
 だから、日本の学校に転校させようかと、何度も思い悩んだことがあった。だがその度に息子は涙で訴える。
「僕、何でもするから、今の学校に行かせて!」
 ええい、ままよ。出来るだけやってダメならその時、転校させよう。そうやって何とかハイスクール卒業までこぎつけた。
 ところが、大学進学で又悩んだ。
 息子の進学したいアメリカの大学は、べらぼうに学費が高い。とてもじゃないが、やってやれない。我が家には下にふたりも子供がいる。やがて、夫や私の親の面倒も見なくてはならない時がくる。日本人留学生は奨学金がもらえる可能性がほとんどないという。
 ではカナダはどうだろう。調べてみたら、授業料は日本の国立大学なみ、入寮の費用も日本のそれより安い。本人と相談のうえカナダのトロント大学に、進路を決めたわけである。
 念のため日本の大学は上智大学と国際キリスト教大学を押さえた。ハイスクールではIBを取得していたため比較的簡単に入学許可となったのだ。私にとっては夢のような大学だというのに本人には大学のランクなど分かりようもない。英語圏の大学に魅力を感じている息子には、何の魅力もないらしい。
 IBとはインターナショナルバカロレラのことで、海外の大学に行く時、有利になるばかりではなく、日本国内でも国立大学をはじめ多くの私立大学がインターナショナルの学生に、入学の条件として採用しているものである。つまり、地球規模の共通1次のようなものなのだ。
 願書は提出したものの、ハイスクールの卒業式になっても合格通知は届かない。やきもきしていると、進路指導の先生である、ミスター、ジェイムズから電話があった。息子のインターネットの接続不備から、カナダのトロント大学からのメールが受け取れず、先生の所に届いたと言う。
「ケンゴのSATとTOFL(IBと同様に共通1次のようなものであるが、科目が違う)のスコアでは入学は難しいのだけれど、IBのスコアがとても良かったからほぼ合格でしょう」
との事であった。
そして、数日後、待望の合格通知がやって来た。
 「バンザーイ!」
 嬉しくて、嬉しくて私の方が息子より大きな声で叫んでしまった。
「これで本人の望む道を歩ませてあげられる」
 私はホッとしていた。本当にホッとしていた。だから、その2年後に、夫の設計事務所が倒産し、彼が学校を続けられるかどうかギリギリの状態になるなどと、この時には夢にも思わなかったのである。
 それからのカナダに渡るまでのあわただしかったことといったらこの上もない。持って行くノートパソコンの購入、ビザの申請、etc…。家族ぐるみで嵐の中に居たようだった。
 だが、成田を発つ時の息子は、まるで明日帰るかのように、あっさりとしたものだった。
「じゃあね、行くよ」
と一度も振り返ることもなく、下りのエスカレーターに消えて行く。
 私は涙が零れて仕方なかった。息子が母を卒業して行く寂しさなのだろう。
 「さあ、いよいよ、君の船出だ。息子よ、思うままに望むままに君の人生を歩きなさい。母からの卒業を心から祝福するよ」
 私は心の中で呟いた。けれど、涙だけは止められずにいた。
 
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